時間という直線
– 生と死を点で捉える –
上空に生まれた一滴の雨
雨になってから雨は
約7〜9分かけて地上へ落下する。
約7〜9分の命
雨になる前の記憶は無い
雲だったことを誰かに教えてもらって知った。
雨が地上へ落ちると、何になるのだろうか
水溜り?
山に落ちれば、川?
海ならば、海の中の小さな一滴?
どうであれ、落ちれば、すでに雨では無い。
雨の命は10分も無いかもしれない
雨は生まれて死ぬまで10分も無いかもしれない
大粒であればあるほど落下速度は速くなる
生まれた高さによって地上に落ちるまでの時間は違う
それでも雨がその後、
違う何かから違う何かになることは同じだ。
その間、一瞬だ
気が付いたら、32歳になっていた。
生まれる前の記憶は無い。
じいちゃんが死んだ。
死んだあとは、もう会えない。
君も俺もいつか死ぬだろう。
その間、一瞬だ。
誰かが、
ヒトも雨も同じかもしれないと言った。
あの日、あの人はそう思った。
もう会えないなら、もうどうでもいいと思った。
記憶が無いなら、何をしてもいいと思った。
そんな風に考えるヒトがいるのだろう、この世界のどこかに。
だから、絶えない。
落下する無数の雨、その水滴の一つに、
俺は名前をつけた。
その一滴をどうにかして、この両手で包み込んだ。
俺の両手で君を包み続けることにした。
その一滴は少し、暖かくなった。
包み込む手が、疲れてきて、その一滴を溢してしまいそうになった。
その一滴は、少しまごついて、手をゆっくり伝った。
まごついたおかげで、地面に落とさないで済んだ。
もう一度、包み込んだ。
手の温度で、その一滴は蒸発して消えてしまうかもしれない。
手をギュッとして、消えてしまわないようにした。
そのうち、手と一滴は同じ温度になった。
一滴は、手の中で気体になっていた。
俺はそのことには気付けなかった。
手をギュッとし続けることは、大変だった。
少し気が緩んで、手に隙間が出来た。
気体になった一滴は、そこから、流れてどこかに行ってしまった。
俺はそのことには気付けなかった。
もう雨でも一滴でも無くなっていた。
もう手に力が入らなくなった。
意思だけが手に残った。
ギュッと包み込んだまま、俺は死んだ。
生まれる前の記憶は無い。
死んだ後の記憶も無い。
生きている間、俺は一滴を愛していた。
今夜のお話はこれでおしまい。
月明かりよりも優しい明かりを俺は知らない。
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